静岡地方裁判所沼津支部 昭和33年(ヨ)206号 判決 1959年2月06日
申請人 勝俣太郎 外七四名
被申請人 東豊工業株式会社
主文
申請人らの申請はこれを却下する。
訴訟費用は申請人らの負担とする。
事実
一、当事者の求める裁判
(一) 被申請人の求める裁判
被申請人が昭和三十三年八月二十日附通告書により申請人等に対して為した解雇の意思表示はその効力を停止する。被申請人は申請人らに対して昭和三十三年八月二十一日から本案判決確定に至るまで、毎月末日ごとに別紙賃金目録記載の割合による賃金を支払え。
(二) 被申請人の求める裁判
申請人の申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。
二、当事者の主張
(一) 申請人らの申請の理由
1 被申請人は静岡県駿東郡阿多野に工場をもち、耕作機の製造販売ならびに、トヨタ自動車株式会社および三菱重工株式会社の自動車部品の製造下請を主たる事業とする資本金三百万円の株式会社で、申請人らは右会社阿多野工場の従業員である。
2 被申請人は、昭和三十三年八月二十日事業不振でこれ以上経営を継続することができないから同日限り事業を廃止するので全員を解雇する旨を書面を以て申請人らに通告して来た。
然しながら右解雇の意思表示は次の理由によつて無効である。
3 解雇無効の理由
(イ) 本件解雇は契約違反であるから無効である。
申請人ら阿多野工場従業員は昭和三十二年までは、被申請人によつて甚しい低賃金と苛酷極まる労働条件の下に使用されていたが、同年八月二日申請人らは東豊工業労働組合を結成、賃金増額等を被申請人に要求し二八・五パーセントの賃上げすること、人員整理案撤回、臨時工を早急に本工にすることなどの成果を得たのを始めとし団体交渉によつて順次に従業員の待遇改善につとめて来たのであつたが同年十二月十八日から十九日にかけて行われた静岡県地方労働委員会の年末一時金に関する斡旋の席上被申請人は申請人らの組合に対して、
阿多野工場は閉鎖しないと共に他に移転しない。
ことを約し、次で同三十三年七月十八日右委員会の夏期手当に関する斡旋の際にも工場は閉鎖しないことを右申請人ら組合に約し、以て全員解雇をしない旨を明かにした。
然るにかかわらずその後間もない同年八月二十日突如、解雇通告を為したことは右組合との契約に違反した解雇通告であつて無効である。
(ロ) 本件解雇は正当な理由に基かないから無効である。
被申請人は本件解雇の理由として「会社の事業が不振でこれ以上経営を継続することが不可能の状態にあるから事業を廃止する」ための解雇であると称しているが右のような事実はない。
これを詳言すれば
被申請人阿多野工場に於ける昭和三十三年の生産額は次の通り
一月 六、三〇九、八三二円
二月 五、八三五、四二〇円
三月 六、〇九七、五二〇円
四月 八、三三七、一〇〇円
五月 一二、三四七、六〇〇円
六月 七、一七五、五九二円
七月 三、三六三、三二四円
八月 三、一六二、六二〇円
右生産額の中には農耕機の生産額が含まれているが、被申請人は農耕機生産では全国三位に位し、その需要は年々増加していて会社の経営が困難となるような事態は考えられない。
最近に於ける阿多野工場の農耕機のみの生産額は次の通り
昭和三十三年一月 一、〇二一、〇〇〇円
昭和三十三年二月 二、一三〇、〇〇〇円
〃 三月 三二〇、〇〇〇円
〃 四月 五、〇六二、〇〇〇円
〃 五月 八、〇〇〇、〇〇〇円
〃 六月 二、〇三〇、〇〇〇円
〃 七月 〇円
〃 八月 〇円
農耕機の生産が右のように七、八月に至り皆無となつているのは被申請人に於て農耕機生産を羽田の憩製作所に移転した為であつて需要の減少によるるものではない。
以上の有様であつて経営不振などということは発見できない。仮に生産減少によつて経営困難であるとしても人員の減少、経費の節約など組合と協議することによつて十分打開の途はあるにかかわらず突然一方的に全員解雇を行つたものである。
およそ使用者たる者は、企業の公共性にかんがみ、企業の生産性を昂揚するような方法で人事権を行使すべきであつて、その生産性の基礎となつている労働者の生産活動ないしその生存権を侵害するような人事権の行使は許されないものというべく、被申請人の為した本件解雇は前述の理由によつて正当の理由なく不当に申請人らの労働権を侵害するものであつて効力を生じ得ないものである。
(ハ) 本件解雇は、それ自体不当労働行為に該当し無効である。
叙上のように、申請人らの結成した組合は被申請人の定めた不当な労働条件を改善する為結成以来数次にわたる団体交渉の結果その成果をあげて来たものであるが、被申請人は組合の結成を嫌悪し、第一組合の切崩、第二組合の助成、第一、第二組合の差別待遇等を画策した外、団体交渉の際にも実際の経営に当つている喜多穂積は労働組合はきらいだから組合と手をにぎつて仕事する意思はない、組合をつくつた報復手段として農耕機の生産を羽田にうつした旨の放言を行う程であつて、昭和三十三年八月二十一日被申請人の監査役杉山道彦は従業員に対し「組合脱退と解雇承認すればすぐ増員して仕事をする。組合ができる前の条件で雇う」旨を述べた事実があり、以上によつて明らかに組合を壊滅させる為工場閉鎖して全員を解雇し、組合を作らないような従業員のみで事業を継続せんとの意向が認められるのである。
かかる企図のもとになされた解雇の通告は、正に、不当労働行為であつて無効であること明かである。
4 被申請人は本件仮処分申請後たる昭和三十三年十月十九日株主総会の決議により解散した。然し右解散は不当労働行為として無効である。被申請人は喜多穂積の独裁的経営による会社であつて先に述べたように組合結成をきらい第二組合の結成を助長第一組合を断圧し、あらゆる手段を尽して労働組合を消滅せしめんとしたがその成果が挙らないので、全員を解雇して会社を解散しこれによつて第一組合員を排除して第二組合員を使用して事業を継続することを考え、農耕機の生産は東京羽田の憩製作所に移転し、自動車部品の生産はこれを刈谷市に移転することとし昭和三十二年九月刈谷市に資本金百万円の有限会社三陽製作所を設立して喜多穂積自ら代表者となり自動車部品の製造販売を行い、同人は自己所有の家屋を提供して被申請人の従来の仕事と同一の作業を行つている。被申請人の阿多野工場閉鎖の後は被申請人工場で従前製造していたものは三島市や沼津市の下請業者に製造させている。しかも第二組合員の多数は、憩製作所および三陽製作所に採用している。
これらの事実からすれば本件解雇および引続きなされた被申請人の解散は、いずれも申請人らの正当なる組合活動の断圧排除にあることは明らかであつて右解雇は勿論被申請会社の解散はいずれも労働組合法違反の不当労働行為としてその効力を生じ得ないものであつて、被申請人は依然として従来の如く存し、申請人らの従業員たる身分もまた従前の通り継続しているものというべきである。
5 しかして申請人らは昭和三十三年八月二十日現在に於て別紙賃金目録記載の賃金(各自の日給額にその平均稼働日数二十六を乗じたもの)を毎月支給されていたものである。然し先に述べた解雇通告によつて被申請人は申請人らの被申請人従業員たる地位を否定し、右賃金の支給をなさないので、申請人らはその生活をおびやかされ、最低限度の生活を維持することも困難な事情にあるのであつて、申請人らは被申請人に対し本件解雇無効確認を求める本案訴訟を提起すべく準備中ではあるが本案訴訟の判決確定をまつていることのできない急迫な事態にあり、かくては取りかえすことのできない損害をまねくこととなるので申請の趣旨の通りの仮処分を求める次第である。
6 被申請人の主張に対する答弁
被申請人の主張する被申請会社が事業不振により事業廃止するに至つた経緯についてはこれを否認する。
申請人のうち夏賀善伸、杉山友一、遠藤光男、武藤一、山本光敏、岩田宗作、阿部正雄、込山昇、勝俣友男、後藤晋が他に就職したとの被申請人の主張は否認する。別紙就職者一覧表記載の申請人らのうち右以外の者が他に就職したことは認めるが、右は本件解雇無効に関する紛争が解決するまで暫定的に勤務しているにすぎない。
(二) 被申請人の主張
1 申請人の主張に対する答弁
申請人主張の1は認める。2のうち申請人主張のような解雇通告を申請人主張の日に為したことは認めるが右解雇が無効であるとの点は否認する。3の(イ)のうち申請人らが労働組合を結成したこと賃金増額要求があつたこと、二八・五パーセント賃上した事実、昭和三十二年十二月年末一時金の要求に対し、同三十三年七月十八日夏期手当に関し、それぞれ地労委の斡旋があつた事実は認めるが、その余の事実は否認する。3の(ロ)および(ハ)の事実はいずれも否認する。4のうち被申請人が昭和三十三年十月十九日解散したこと、農耕機の製造を憩製作所に移したこと、有限会社三陽製作所を昭和三十二年九月に設立したことは認めるがその他の事実は否認する。5のうち申請人らの昭和三十三年八月に於ける一ケ月の賃金が別紙賃金目録の記載のとおりであることは認めるが、仮処分の必要性の存することは否認する。
2 被申請人の本件解雇に関する主張
被申請人は昭和二十一年三月八日資本金十万円で設立され自動車部品の製造工業会社として発足し昭和三十三年八月二十日事業廃止の当時は従業員約百名で喜多穂積が代表取締役であつた。工場は阿多野にあるだけでその他にはない。
この会社が事業を廃止せざるを得なかつたのは次の通りの理由による。
この会社の昭和三十三年一月から八月二十日までの欠損は合計四、四一六、五二七円であつてこのまま推移するに於ては経営は維持できない状態にあつたところ得意先からの注文が打切られるという致命的な打撃をうけたのである。
すなわち、会社の昭和三十三年六月受注高は次の通り
○トヨタ自動車株式会社から
FA型クリーナー 約 六七万円
R型 〃 約 九五万円
S型 〃 約 一二六万円
D型 〃 約 五八万円
計 約 三四六万円
○トヨタ販売株式会社から
オイルクリーナーエレメント大型 約 一七万円
〃 小型 約 一二万円
計 約 二九万円
○三菱日本重工業株式会社東京自動車製作所から
ボンネット型オイルパン 約 三〇万円
リヤーエンジンオイルパン 約 二七万円
発電気プーリー 約 一〇万円
計 約 六七万円
○芝浦機械ルームクーラーケース絞り加工 二八万円
耕転機 九万円
計 三七万円
総計 四七九万円
このうちトヨタ自動車株式会社からFAおよびR型クリーナーは、絞り傷が多くて、割れ易いといわれるので製造に注意して来たが、昭和三十三年九月一日からの注文は打切られてしまつた。
S型クリーナーも絞り傷が多いということで同年六月には製品全部が返品となり、四ケ月まとめて発注のあつたものが一ケ月毎の注文となつて製作の見通しがつかず、金融の操作にも支障を来すことになつた。三菱日本重工業株式会社東京自動車製作所からオイルパンについても当会社の製品の精密度の低いことや製造能力が劣つていること、よつて単価が高くならざるを得ないことその他の理由により同年八月十五日以降の注文を打切るとの通告をうけた。
芝浦に納入のルームクーラーケースは発注者の都合でこれを必要とする機械の製造を中止したので同年六月以降注文を打切られた。
これによつて事業の根幹である一ケ月の製造高の約六〇%が注文を打切られてしまつたので、会社としては何とか打開の方法を研究他の品物の製造等に転換すべく努力したのであるが業界の現状はこれを許さず事業の継続を断念せざるを得なくなつた。
もともとこの会社は都市中心部からはなれた所にあつて下請工場としては立地条件が悪く、競争者のなかつた終戦直後にくらべれば現在では新しい設備と立地条件のよい工場が簇出しているので、事業を継続するには非常な困難が伴うことは当然であつた。このように経営不振になつたのは会社の運営に当る者に責任をなしとはいえないのであるが、事ここに至つてはもはや事業を継続することはできないのである。過去十数年事業を経営して来た会社が単なる従業員解雇の一手段として工場閉鎖するなどということは全くあり得ないことである。
また憩製作所が設立されたのは、申請人らの組合が結成される以前である昭和三十二年五月十一日であり組合断圧のためではないことは明かであり、農耕機の製造を同製作所に移したのは、農耕機の製作が被申請人会社の重荷となつていたのを経営合理化の為行つたものであつて、有限会社三陽製作所を昭和三十三年九月に設立したが同会社ではトヨタ自動車の下請をしたことは一度もなく本田技研の下請工場である。
被申請人としてはいよいよ廃業の已むなきことを知り、従業員諸君の了解を求めるため集合を求めたが申請人らはこれに応ぜず、申請人らの代表との懇談も許されなかつたので、内容証明による解雇通告を行つたのである。その後会社を解散せざるを得なくなつたのであつて、いずれも事業不振経営困難による措置であつて、不当労働行為となるものではない。
3 契約違反について
申請人らは被申請人が団体交渉の際、工場閉鎖はしないとの契約をしたというが、左様の事実はないし廃業の意思がない旨を述べたことはあつたが、その当時としてはその意思はないという意味であつて、永久に廃業しないという趣旨でも、或期間廃業しないという意味でもない。
4 仮処分の必要性について
かりに被保全請求権がありとするも、別紙就職者一覧表記載の申請人は、同表記載のとおり既に他に就職して給料を得ているから、これらの者については本件仮処分の必要性は存しない。
三、疎明<省略>
理由
一、当事者間に争のない事実(解雇通告)
被申請人は静岡県駿東郡阿多野工場をもち耕作機の製造販売、トヨタ自動車株式会社、三菱日本重工業株式会社等の使用する自動車部品の製造下請を主たる事業とする資本金三百万円の会社であつて申請人らは右会社の従業員であつたところ、昭和三十三年八月二十日、被申請人から申請人ら全員に対し事業不振でこれ以上会社の経営を継続することができないから事業を廃止するので解雇する旨の通告がなされたことは当事者間に争のないところである。
二、解雇の効力
(イ) 本件解雇は契約違反であるかどうか。
静岡県地方労働委員会が昭和三十二年十二月十八、十九日に申請人らの属する組合と被申請人との間の年末一時金支給に関する紛争の斡旋を行つたこと、翌三十三年七月十八日、同委員会は右組合と被申請人間の夏季手当に関する紛争の斡旋を行つたことは当事者間に争がないところ、証人岩田暉雄、同市川匡夫、同平井喜視の各証言を総合すれば右斡旋の席上被申請人は申請人らの組合が工場を閉鎖するのではないかとの疑念から工場を閉鎖しないで欲しいとの要望があつたのに対して被申請人が工場を閉鎖することはないという趣旨の返答をなしている事実が疎明されるが、右言明の趣旨が永久に工場を閉鎖しないとか事業を廃止しない又は全員解雇することはないことを相互に契約したものとは解し得られないし、少くとも右の事実からはこれに違反した場合の被申請人の行為が効力を生じないという程の強い規範的意味のあつたものとは考えられない。
申請人が本件解雇は契約違反の解雇であり効力がないとの主張は採用できない。
(ロ) 正当の理由がない解雇として無効であるかどうか。
正当の理由のない解雇は勿論好ましいものではないけれども、現行法上必ずしも解雇に正当の理由を必要とするものと解することはできない。
(ハ) 解雇が不当労働行為に該当し無効であるかどうか。
申請人ら主張のように被申請人が事業不振でもないのにかかわらず、申請人らの組織する労働組合を断圧しこれを解消せしめる目的を以て工場を閉鎖して従業員全員を解雇、あまつさえ会社を解散することは法によつて認められた労働者の権利を不当に侵害する行為であつて許すべからざる不当労働行為でありこのような目的に出た解雇の意思表示は勿論その効力を生じ得ないものといわねばならない。
そこで本件疎明資料を検討するに、被申請人の経営状態については申請人の提出した全資料によつてはこれを知り難いところ被申請人本人西寛尋問の結果とこれにより真正に成立したと認められる乙第九号証、証人喜多穂積の証言、同人の証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証、証人平井喜視の証言を総合すると、被申請人会社は昭和三十三年初頃よりその事業は不振の一途をたどり右会社としては比較的多額の欠損を生じたこと、製品不良のためその他の理由により得意先からの信用を失つていたところ同年八月初め主たる得意先であるトヨタ自動車株式会社から注文を打切られた外従来の顧客の大部分を失うような最悪の事態に直面し、会社の経営を維持するにつき経営者たる喜多穂積らは進んで右難局を打開して事態を収拾するの意欲を失い遂に工場を閉鎖し従業員全員解雇を通告し、さらに同年十月に至り会社を解散するに至つたことが一応疎明される。申請人提出の疎明のなかには右認定に反する資料もないではないが右の認定を覆すに足るものはなく、従つて申請人ら主張のように申請人らの労働組合を断圧し、その正当な組合活動を阻止し組合の解消を企図しての工場閉鎖又は解雇であるとは認められず、本件解雇を以て直ちに不当労働行為として無効と断ずることができない。また解雇権の濫用と考えることもできない。
以上の通りであつて本件解雇を無効とし従業員の地位の存続することを前提とする本件仮処分申請はその理由なく、またかかる場合保証を以て疎明にかえることも相当でないから本件仮処分申請はこれを却下するの外はなく、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 荒木大任)
(別紙省略)